09/4/27・・・

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辺野古座り込み「8年(命を守る会座り込み)+1835日目」
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4/27夜までの情報です。今日は天候もよく朝のうちは静かで、波は少し高めでしたが訪問者を海に案内したりしていました。しかし軍事訓練のためでしょうか、11:00頃に水陸両用戦車が8台ほど海へ出て行きました。これももちろんジュゴンを遠ざけている重大な暴挙です。そもそもこの水陸両用戦車が沈没して珊瑚礁を破壊したり調査機器などを踏みつぶしたりしているのに、沖縄防衛局は何も言いませんでしたね。

沖縄が米軍占領下にあった1959年6月30日に、操縦不能に陥った米空軍のジェット戦闘機F100Dが、当時の石川市(現うるま市)にある宮森小学校に激突炎上しました。小学生11名、住民6名の17名が死亡し、重軽傷者は合わせて200名を越え、校舎屋付近の民家、公民館が焼かれる被害を受けました。この事件を風化させてはいけないということで宮森小学校内には慰霊碑が建てられ、毎年慰霊祭が執り行われています。またこの事件を改めて見直し二度と惨事はごめんだという意志のもとに資料館開設に向けてカンパ活動がされています。今年は事故後50年ということもあり、「630館」が校内の図工室を利用して6月30日に開館されるようです。今回展示する貴重な資料などが関係者に公開されました。630館の詳細は公表され次第ご報告いたします。

「沖縄タイムス・4/28」
辺野古区に財政支援 名護市/普天間移設で事前覚書

米諜報活動を裏付け 冷戦時代/県公文書館企画展 監視対象者の資料

子が生きた証し 事故風化させず/うるま市宮森小「630館」設置委

「琉球朝日放送(QAB)・4/28」
宮森小米軍ジェット機墜落事故 生きた証 260点公開

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このページは、hが2009年4月27日 23:06に書いたブログ記事です。

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