11/26の情報

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辺野古座り込み「8年(命を守る会座り込み)+16783日目」
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11/26夜までの情報です。今朝も座り込み継続中です。今日は朝に辺野古漁港から作業船が出港していきましたが、作業は無かったようです。今日はまた訪問者を船に乗せて大浦湾を案内できました。

今日も相変わらず海兵隊の動きは騒がしく、何のために戦争の準備をしているのかもの凄く疑問です。自分たちの利益を守るために人を殺めることを職業とすることの不条理さは、第二次世界大戦、ベトナム戦争、朝鮮戦争、湾岸戦争、アフリカへの派兵、キューバへの派兵、アフガニスタン戦争、イラク戦争・・・などでも学んだはずです。戦争の度に戦争に参加した人たちの中から反戦の声が生々しく上がっていたのに、それを聞かなかったとでも言うつもりなのでしょうか。

正しい戦争など絶対にありません。話が通じないのは、通じない話をこちらが押し付けているからです。アメリカ軍も、日本も、大反省すべきです。自虐史観というアホな言葉で反論がありそうですが、悪いことをして謝らないのが正しい人間のあり方なのでしょうか。過ちを犯したら謝って反省して出直す、これこそ人間の出来る最大級の正しいことではないでしょうか。信頼関係というのはそこからしか生まれてきません。間違いを謝らないことを「日本人としての誇り」と取り違え、暴力を「強さ」と取り違え、相手を征することを「平和」と取り違えているのが今の日本やアメリカです。「平和憲法」を誇りとし、間違いを謝り改めることを「強さ」とし、違いを認め合うことを「平和」とする道こそ人が歩むべき真実の道だと信じます。信頼関係を築くためには対話が無ければなりません。武器で脅し合うことを対話や外交とは呼びません。相手に武器を持って欲しくなかったら、まず自分が武器を捨てるべきです。対話から生まれた信頼関係があれば、平和は簡単につくり出せます。武器など必要ないのです。武器を合法化して一般人でも銃を持てるようにするということは、人を信頼していない証拠です。他者を疑いの目でまず見てから、武器で脅し、自分を攻撃してこないと分かったら握手をする、こんな順番で人間関係を築いて行ったとして、本当の平和が生まれるでしょうか。

さて、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)ライシャワー東アジア研究センター所長のケント・カルダーさんが、昨日来沖して、在沖米国総領事館で「日米同盟の強化と米国の安全保障戦略および世界的軍事再編」と題して講演したことが報じられています。

沖縄タイムスの記事から抜き書きします。ここからのコピーペーストはご遠慮ください。

「韓国や欧州の海外基地と比べた在日米軍基地の特徴として、地方防衛局や在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)、日米合同委員会の存在を挙げ『基地運営はどの国でも楽ではない。(日本は)完ぺきではないが、問題への対応が比較的迅速だ』との認識を示した。」

「一方、米軍提供施設に私有地が多く、軍用地料が伸び続ける現状に言及。『基地移転の際の問題を複雑にしている。日本に特徴的な問題で世界では例を見ない』と述べた。」

この人がどういう人か分かりませんし、講演の全体像が見えないのではばかられますが、まずひとこと言いましょう。ざけんなっ!。

アメリカの識者というのはこんな程度の頭しか持っていないのでしょうか。「完璧ではないが」「比較的迅速だ」「基地移転の際の問題を複雑にしている」というような言葉がどこを突つけば出て来るのでしょうか。何様のつもりでしょうか。アジアの国々を見下しているとしか思えません。お前ら(アメリカ軍)を完璧にサポートなどしたくもない!、日本政府の迅速さの陰で沢山涙している人たちがいることを分かってるのかっ!、問題を複雑にしているのはお前らが長々と居座っているからだっ!・・・。まだまだ言い足りません。メアさんの他にもこんなアホがいたとは・・・。中東での軍事費削減を期待していると言っているのは、アメリカが火の車であることを心配しているだけのことです。アメリカ人相手に話しているのでこんなことぐらいしか言及出来ないのは分かる気もしますが、沖縄に対してこんな態度で許されるのでしょうか。がっかりを遥かに越えています。

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「裁判員制度に反対する」その12

・・・「裁判員になることは権利か義務か」・・・
裁判員になることを拒否すると、「懲役」「罰金」「過料」などが科せられます。これは国による威嚇行為です。強制される苦役であると弁護士は言っています。それにも関わらずテレビでは「国民主権の現実化」という賛美を垂れ流しているのです。法律家からも、これは大変な欺瞞であると指摘されているのです。権利とはどういうものでしょうか。それは放棄しても咎められないものではないでしょうか。権利ならば放棄する自由は権利者本人にあります。例えば「選挙権」は国民主権を実現するための分かりやすい権利です。その権利を行使する、つまり投票に行くことは本人の自由です。同時に行使しない、つまり選挙に行かないことも本人の自由です。興味がないからという態度で選挙に行かないことも、誰でもいいから適当に投票しとくかという無責任な態度も、本人の自由として認められているのです。不真面目だからとか、行かないからということで処罰されるということもありません。これが権利というものです。「国民主権」というまるで「あなたが主役ですよ」と言わんばかりのキャンペーンは、強制でありかつ罰則規定があるという内実を隠しているのです。

「沖縄タイムス・11/26」
グアム強化が優先/SAIS研所長/カルダー氏講演

米軍機、石垣空港使用へ/地元関係者招待で

4環境団体、県へ控訴断念を要請/「泡瀬干潟」差し止め

原告団に野党4県議/泡瀬埋め立て/県控訴案 裁決参加は議会決定

「琉球新報・11/26」
「海保に事前通報」 原潜無通報寄港

射爆撃場返還 "見えない基地"も撤去を

「市民メディアJANJAN・11/26」
沖縄市で泡瀬干潟埋め立て問題シンポ―画期的勝訴を県の控訴断念で確定させようと呼びかけ

このブログ記事について

このページは、hが2008年11月27日 00:47に書いたブログ記事です。

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