1/28の情報
1/28の情報です。沖縄では第二次大戦の時の不発弾が地中に無数に存在していて、今でもちょっと大きなビルなどを建てたり造成したりすると発見されます。東京にも不発弾はまだ沢山眠っているはずですが、沖縄では沖合に停泊する艦船から実に230万発もの大砲が発射され、たたみ一畳に1発と言われるほど徹底的に攻撃されました。その不発弾処理にまだ数十年はかかるだろうと言われています。同時に遺骨収集にもまだあと30年以上費やさなければならないのではないかと言われています。今日の報道で年配の方々中心の遺骨収集ポランティアグループが高齢化故に解散することが決定したと書かれていました。淋しい記事であると同時に、戦争の傷跡の深さを物語ります。
現在も続けているのか分かりませんが、北海道の老夫婦が毎年何ヶ月かを沖縄での遺骨収集に充てているというドキュメンタリーがありました。夫のお兄さんの遺骨が見つかっていないために探しに来たのが最初だそうですが、毎年毎年沢山の遺骨や遺品を掘り出しているのです。また個人が特定されそうな遺品の場合はその親族を捜し出して届けたりもしています。遺骨収集の期間の滞在費をまかなうために、その夫は他の期間は肉体労働をしてお金を作り出しているのです。その思いは毎年一緒に遺骨収集に当たっている人たちの心を打ち、サポートする人たちの体制も整っているようです。しかし彼らもご高齢なので、いつまで続けられるのかという心配をしていたことに心が痛くなりました。
ひめゆりの塔のほど近くに「梯梧(でいご)の塔」という記念碑があります。私立昭和高等女学院の女子学徒隊の慰霊碑です。ここの慰霊祭も遺族の高齢化に伴って昨年が最後でした。ひめゆりの塔ほど観光地化されていないので、訪れる人も少なく静かな場所となっています。女子学徒たちの無念の思いと平和への願いを伝えるために資料館を併設しているひめゆりの塔ほど知られていませんが、同じように戦場を走り回った学生たちは沢山いるのです。ひめゆり学徒隊は動員された人数も多く、なおかつ本として記録が残されているのでここまで有名になっていますが、あまり知られていない学徒隊の女性たちのことを決して忘れてはなりません。しかもひめゆりの塔がある場所は「第三外科壕跡」なので、全く同じ境遇の第一外科壕跡、第二外科壕跡は場所さえも分かりにくいというのが現状です。
また男子学生たちは鉄血勤皇隊(てっけつきんのうたい)という部隊で戦争に協力させられたことも忘れてはなりません。彼らの慰霊碑は摩文仁の丘の木陰に「健児の塔」として静かにその姿を見せてくれます。元知事の大田昌秀さんは鉄血勤皇隊の生還者です。
たとえ遺族が高齢化しようとも、今の私たちが学徒動員された若い学生たちの思いを継承し、そして平和な国へと進むためにこそ努力すべきなのだと、慰霊碑の前ではいつもそう思うのです。ひめゆり資料館に展示されている犠牲者たちの顔写真の前に立つと本当に胸が締め付けられるような思いがします。特に亡くなった場所や原因が特定されていない人たち、つまり「行方不明」と書かれているその文字を見るたび、この人の魂は今どこでどんな思いでいるのだろうかと想像し、涙が止まりません。
今日は全女子学徒隊の名前と人数を載せます。是非この機会に彼女たちの存在を覚え、必死で生きようとした姿を想像して平和への思いを新たにして頂きたいと思います。(資料:「沖縄戦の全女子学徒隊」青春を語る会編・フォレスト)
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「ひめゆり学徒隊」(県立師範学校女子部・県立第一高等女学校)
動員数222名。戦死者数123名。在校生(学徒隊以外)死者数88名。
慰霊碑の場所:糸満市伊原
「白梅(しらうめ)学徒隊」(県立第二高等女学校)
動員数56名。戦死者数22名。在校生(学徒隊以外)死者数36名。
慰霊碑の場所:糸満市真栄里
「なごらん学徒隊」(県立第三高等女学校)
動員数10名。戦死者数1名。在校生(学徒隊以外)死者数1名。
慰霊碑の場所:名護市大西・名護高校敷地内
「瑞泉(ずいせん)学徒隊」(県立首里高等女学校)
動員数61名。戦死者数33名。在校生(学徒隊以外)死者数22名。
慰霊碑の場所:糸満市米須
「積徳(せきとく)学徒隊」(私立積徳高等女学校)
動員数65名。戦死者数4名(戦争後遺症により戦後死亡)。
在校生(学徒隊以外)死者数24名。
慰霊碑の場所:那覇市松山大典寺境内
「梯梧(でいご)学徒隊」(私立昭和高等女学院)
動員数17名。戦死者数9名。在校生(学徒隊以外)死者数49名。
慰霊碑の場所:糸満市米須
「宮古高女学徒隊」(県立宮古高等女学校)
動員数48名。戦死者数1名(戦争後遺症により戦後死亡)。
在校生(学徒隊以外)死者数0名。
慰霊碑の場所:なし
「八重高女学徒隊」(県立八重山高等女学校)
動員数60名。戦死者数1名(マラリヤにより死亡)。
在校生(学徒隊以外)死者数0名。
慰霊碑の場所:石垣市開南
「八重農学徒隊女子」(県立八重山農学校女子)
動員数16名。戦死者数0名。在校生(学徒隊以外)死者数0名。
慰霊碑の場所:なし
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「沖縄タイムス・1/28」
最後の一柱まで探したい/遺骨収集20年
「琉球新報・1/28」
遺骨収集、時間の壁 高齢化で幕引き
「琉球新報・1/28コラム」
コラム・金口木舌
「琉球新報・1/28社説」
米軍落下傘訓練・恣意的解釈は許されない
「朝日新聞・1/28」
ワシントンで反戦集会 ジェーン・フォンダさんも参加
